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我が家とライフライン ~3・11その後に~ [家]

 地震と津波からは難を逃れたわけですが、しばらくライフラインが止まったままになってしまい、そこからがまた結構大変でした。

 大洗町では電気は4日、水道は1週間かかりました。

 しかし、そんな中でも我が家はあまりあわてずに済んだのは「家を建てたときの選択」が結果として吉とでたからだと思われます。

1 パナホームでよかった!

  我が家はパナホームさんにお世話になりましたが、今回の地震でもびくともしませんでした。壁や床も含めて見える範囲ではノーダメージです。実家もパナホームですが同様にノーダメージのようでした。

  また、今回ほかの被災地を見て思い出したのですが、我が家を建てる前に土壌の検査はもちろん、昔ここが何だったのかという古い地図まで見せてもらった記憶があります。
  結果としてこの土地の地盤はもともとしっかりしていることがわかった上で建てましたので,まったく地盤沈下等の心配はありませんでした。

 2 オール電化じゃなくてよかった!

  今の自宅を建てようかと検討していた時期、ちょうどオール電化というものが主流になり始めた時期で、いろいろな業者から薦められもしました。
  でも、すべてを電気に頼るというリスク、それと今だからいうわけじゃないけれど、オール電化というものは原発があることを前提にして成立するものだということも知っていたので(この記事)、あえてプロパンガスを選択したのですが、それが今回大正解。電気がなくたってあったかいものがいくらでも食べられたんですから。

 実際ご近所さんでもオール電化の家が多く、煮たり焼いたりはもちろん、お湯も沸かせないということで非常に困っていたようです。町内のホームセンターからカセットガスコンロとボンベがあっという間になくなってしまいました。

3 太陽光発電ができてよかった!

  我が家では非オール電化にもかかわらず、太陽光パネルだけは取り付けました。
  通常停電した場合は太陽光発電設備があってもコンセントから電気は使えません。
  しかし、太陽光発電設備のインバーターには「非常用コンセント」というものがあって、発電した電気をここから直接使うことができるんです(15Aまで)。

20110603_080649.jpg

  おかげさまで、停電しているにもかかわらず

 ・携帯の充電ができた
 ・貴重な情報源であるテレビも見られた
 ・炊飯器でご飯が炊けた
 ・冷蔵庫を1日数時間だけでもつなげられたので、復電するまで冷凍食品等がもった

  もちろん、これらができるのは昼間だけ。夜になれば発電量はゼロになりますのでなにもできません。

  しかし昼間だけでも地震の混乱と不安の中、上記のことができることのありがたさといったら・・・。

  ちなみに自分が仕事に行っているときにも、嫁さんはご近所さんにお米と炊飯器を持ってきてもらって交代でご飯をうちで炊いたそうです。ご近所さんのお役にも立てた用でよかった!

4 庭に畑があってよかった!

  地震後、大洗のスーパー、コンビにはみんな閉まってしまいました。そんななか、庭を畑にしていた我が家はいつでも新鮮な野菜が食べられました。

  もっとも、これは原子炉が爆発するまでのことでしたけれど・・・。この庭のことについては次回の記事で詳しく書きたいと思います。

  とにかく、水以外は結構何とかなったんですよね。それでも飲料水はご近所の井戸から分けてもらえたし、トイレの水はお風呂の残りでなんとかなった。ただずっと風呂に入れないのは結構きつかったです。

  その分、久々に自宅の風呂に入った瞬間の気持ちよさったらなかった!最高でした!

  いまだに避難所暮らしで毎日お風呂に入ることもままならいない方がたくさんおられますが、1日でも早くみんなが「普通の暮らし」ができるように努力する、それが今一番のやるべきことですよね?国会議員の皆さん!


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